【メモ】「アメリカの外ではスーパーマンしか理解されない」『ゲンロン1 現代日本の批評』

アメリカの外ではスーパーマンしか理解されない」『ゲンロン1 現代日本の批評』(ゲンロン、2015年)

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『全体主義様式スターリン』を著したことで知られる美術批評家ボリス・グロイスへのインタビュー。 

訳者によると、グロイスはインタビュー前に講演にて「1970年以降の東欧・ロシア圏のポスト社会主義の芸術が、政治状況のせいで克服すべきモダニズムを持ちえなかった点で、西欧のポストモダニズムと異なることを指摘。そのうえで、現代の東欧・ロシア圏における共産主義時代の記憶の消去と19世紀への回帰を論じていた。」(211頁)

それを前提として、本インタビューでは「冷戦後のグローバリゼーションが生んだ世界の保守化の構造」が語られ、「美術と宗教、アヴァンギャルドと偶像破壊の関係からテロリズムの問題が考察されて」いる(211頁)。前者(世界の保守化の構造)の方から、ポイントを2つ抜き出してみる。

◯現代は、あらゆることが専門化されていない。生産者かつ消費者であったり、労働者かつブルジョワであったりする。また、自由主義的な考えから、生活を自分用にすべてカスタマイズするのだが、自分で多くのことをしなければならない不自由も同時に生まれている。インターネットでつながれ、全員と競争しながら、それぞれに「全て」をこなさないといけない(か、することを望んでいる)のだ。

だからこそ、規律を求めて各自のナショナルアイデンティティを求める動き(グローバリズム崩壊)が生まれる。「民衆の知恵や国の伝統などは、国際競争の条件下にある人間に対して、癒やし、同時に規律を与える効果を持っている。」(200頁もちろん、それを信じていても本質を理解している人は少ないのだけれど…。

◯芸術さえもノンフィクションになっている件。インターネットに情報として現れる時点で、フィクションは事実として扱われ、「ノンフィクション」との境目がなくなる。(これはちょっとピンと来なかった…どこまでを芸術と捉えるのかによるかも)

 

後半はまた後日追記する。

デジタルプロレタリアートの話を思い出した。我々はデータを提供し、広告を見せられ、GAFAに無償で労働させられているのだ…という。インターネット、さかのぼると電話、鉄道とかもそうと思うが、大きな技術は世界の構造を変える。技術革新の境目を批評の境目にもおくべきなのだと思い出した。

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