【感想】小川仁志『ジブリアニメで哲学する』

小川仁志『ジブリアニメで哲学する』PHP研究所、2017


Kindle¥0、文庫¥704(2021/04/19現在)

『自分と向き合い成長する アニメと哲学』を書かれた作者の一冊。題名の通り、難しい哲学書を読み込むでもなく、哲学の歴史について講義をするでもなく、ジブリアニメとともに哲学をしていく。どんな作品も哲学的要素を含んでいるはずだが、フィクションの映像であるアニメというメディアならではの、視聴する一瞬一瞬で生まれるアイデアを大切にしたという。 

『風の谷のナウシカ』から風、虫、腐敗、谷、自然とは何かを考える。『天空の城ラピュタ』で石、浮遊、呪文、ロボット兵、天空とは何かを考えるなどなど、「そもそもこれは何なのか?どう定義できるのか?」という、哲学の根本的な問いを作品から紐解いていく。2項目取り上げて少しおしゃべりを。

154-157頁の「「忘却」とはなにか?」について。『千と千尋の神隠し』の「ふん、贅沢な名だねえ。今からお前の名前は千だ!」というシーンはあまりにも有名だが、たしかにあれは千尋のアイデンティティを剥奪し、新たな世界でのアイデンティティを与えたシーンであった。名前などといった人の重要な構成要素と「その人がその人であること」との関係については、平野啓一郎さんの作品がよく扱っている印象。

また、フィクションにしろ現実にしろ、人の名前そのものにも意味が込められている。剥奪された「尋」の漢字には「普通」「訪れる」といった意味があるので、湯婆婆は「普通の世界から訪れた人」を意味する漢字を取り上げ、千を八百万の神をもてなす職につかせたのではないだろうか。

206-209頁の「「初恋」とは何か?」について。初恋の痛みを「この世に生まれた赤ちゃんが、はじめて思いっきり空気を吸って、肺を一気に膨らませて以来の体への衝撃であり、痛み」と表現しているのが興味深かった。青春は自我の目覚め、すなわち第二の誕生ともいえる。人は何度生まれるのだろうか。二人の恋愛の行方が世界の命運を左右するようなセカイ系は、『崖の上のポニョ』のほかに『天気の子』もそうだったなあ、と思い返す。(『天気の子』も、あの二人以外にとっては迷惑極まりない水害を許したわけで、実質かなり悲惨な状況だったが、新海誠さんの並外れた風景描写でかなり美しく描かれていた。)

と、アニメで学問に取り組む様子がかなり親しみやすく書かれた本であった。引き続き、私も勉強に邁進していくつもりだ。

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