桐野夏生『日没』


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読み耽っていて1時間投稿が遅れました。すみません。

今泣き出しそうになっています。あまりにも残酷で、でも仄かに現実味があって、こうやってネットに文を書くのも怖くなるくらい。

主人公はレイプなどのエロ描写をする女性小説家、マッツ夢井。ある日、郵便受けに「総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会」からの召喚状が届きます。指定された場所に向かうと、目的地も告げられないまま、車で遠く谷底の「療養所」まで連れて行かれます。

そこは作家が「社会に適応した作品」を書くため「更生」させられる施設。1日のスケジュールは厳密に決められ、娯楽の類はもちろん、他の収容者と話すことさえも禁じられ、課題である「作文」では、上品でお涙頂戴な「良い小説」を求められます。

人権侵害だ、法的根拠は、と抗議しても、規律に反すると「減点」され、勾留期間を伸ばされる主人公。職員たちはヘイトスピーチと同じように、社会に良い影響を与える言葉だけが紡がれなければならない、自由にも制限があるのだという理論で、聞く耳を持ちません。(真偽はわかりませんが、)「ホームページで「世論」を募集し、そこでマッツ夢井の作品を非難する声があった」のだといいます。

そもそも主人公は、レイプを奨励するためにレイプを描いたわけではありませんでした。小説だけを見ればそう見えたとしても、そのおぞましさに人間の本質がある、という意図で書いていました。

そんな彼女を捕らえるというのは、危険な作品を書く作家は危険な思想を持っている、という混同が見られますし、字義通りに受け取ったり文脈を切り取るやり方が極端すぎます。そもそも、日本の今のシステムでは、危険な思想を持っていたとして、実行しなければ罪に問われません。(テロ等準備罪では、「(1)組織的犯罪集団が、(2)重大な犯罪を計画し、(3)その計画を実行するために準備行為をした場合」でも罪に問われることになりますが。(法務省ホームページより))

でないと、理由をつけて「都合が悪い人」を「罪人」にしてしまうことができるからです。すべてが権力者の裁量に任されてしまうからです。犯罪レベルの話ではないですが、学術会議の任命拒否に関し「拒否された学者たちが政権を批判する立場をとっていたことが理由ではないか」という議論があります。もしそれが事実ならば、国民は憤らなければなりません。学者のためではなく、自分たちのためにです。

「表現の自由」は、確保されなければならない人間の大切な権利です。しかし、「他人に迷惑をかけない」「他人を傷つけない」という大義名分のもと、一見汚いもの、都合の悪いものはすべて排除され、綺麗事ばかりが残る社会になっていっているように感じます。政治に無関心でいた結果、この小説の中のように法の(恣意的な)拡大解釈が行われ、いつのまにか自由が奪われるかもしれません。レビューサイトで「この本は古い時代の思想に基づいている」と書いている方を見かけましたが、そう、時代は巡ります。後戻りするといってもいいでしょう。それを食い止めるのは、私たちしかいないはずです。

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